【日本フェンシング協会/太田氏】フェンシング協会の実践に学ぶ、課題から考える組織改革-後編-

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過去2度のオリンピックでメダルを獲得し、2017年には日本フェンシング協会の会長に就任した太田雄貴さん。会長就任後は様々な取り組みを行い、観客動員数の向上や組織改革に成功しました。今回太田さんに伺うのは、スポーツ業界にビジネス視点を取り入れた課題解決へのアプローチについて。前編ではフェンシングという競技の課題について取材しました。後編ではフェンシング協会における組織の課題に関して教えていただきます。

前編はこちら
【日本フェンシング協会/太田氏】フェンシング協会の実践に学ぶ、課題から考える組織改革-前編-

太田雄貴氏

北京五輪では個人・銀メダルを獲得、ロンドン五輪では団体・銀メダルを獲得。2017年日本フェンシング協会会長へ就任し、様々な改革を行う。国際フェンシング連盟副会長。

理念の下に、視線を合わせる

ー課題の2つ目として挙げられていた、日本フェンシング協会の組織に関する課題についてもお伺いしていきたいです。

太田:組織の課題のなかにも、いくつかありました。まず、協会が新しく始める施策について、組織内での理解が得づらかったこと。協会で働く人は、兼業・副業の人やボランティアの人も多く、統率が取りづらいうえに協会へのロイヤリティが高めづらい状況にあったこと。それから、企業とは違って人事評価制度の運用の難しさなどがありました。

ーいくつもの課題があったわけですね。では、1つずつ。最初に新しい取り組みについて組織内での理解が得づらい状況であったことについて、お願いします。

太田:これは非常に単純で、私が会長に就任してさまざまなやりたいことがあったのですが、それに対し否定的な意見もあったことです。

ー組織に新しい考えを急に取り入れることは、なかなか難しいですよね。

太田:それもありますし、私が根本的に見落としていたことがありました。

ー見落としていたこと、とは?

太田:私は、正しいことをやれば自然と周りはわかってくれるだろうと思っていたんですよね。新しくやろうとしている施策は、フェンシングの人気を高めるために、日本の選手をもっと強くするために行おうとしていること。だから、当然わかってくれるだろうと。しかし何も知らなかった関係者からすれば、新しい会長の考えがよくわからない状態で、あれをやりたい、これをやりたいと言っているだけに見える。こんな状態では組織内で軋轢が生まれて当然です。

ーどうしてそのような気付きがあったのですか?

太田:最初は、自分のやりたいことがたくさんあって、そちらばかりを見ていました。しかし、身近なビジネスの先輩から、「もっと意識するべきことがあるよ」と指摘されました。

ーどのような点が意識すべき点だったのでしょうか。

太田:組織内で理解を得る、もっと言えばやりたいことをやるための、プロセスですね。私は、良いことをやっていれば周りも理解してついて来てくれると思っていたのですが、そうではないと。「まずは組織内で51%の合意をいかにとるかがビジネスの勝ち方だよ」と教わりました。

ー組織内で51%の合意をとる、とはどういうことでしょう?

太田:協会では、多くの意志決定が多数決で行われます。だから、意思決定をするためには過半数の理解を得ることが大切なんです。目指すところは、0か100かの2択ではなくて、51%。過半数を目指せばいいのです。自分が何をやろうとしているか、組織が何を目指すべきなのか。考えを伝えて、51%の人が自分の味方になってくれるよう動かなければならないのだと教わりました。

ー具体的にはどのような施策を行ったのでしょうか?

太田:まずは日本フェンシング協会の理念をつくりました。一般の方にフェンシングの魅力を伝える目的もありましたが、協会の目指す方向を内部に向けて示そうと考えたのです。「突け、心を。」という協会理念を設定し、ミッションとして「フェンシングの先を、感動の先を⽣む」を掲げました。ビジョン、バリューも同時に開発しています。

日本フェンシング協会提供

ー最初に理念をつくったのはなぜですか?

太田:私たちが何を目指すべきなのか、何をするべきなのかを明確にするためです。私たちが目指すのは単なる試合の勝ち負けではなく、人の心を突くような、感動を生むことだと明言しました。そうすることで、感動を生むためにしていくべきことを、それぞれに考えてみてもらおうと。協会のやることに決まりはなくて、極端な話、もしかしたら街のゴミ拾いも人の心を動かす手段かもしれないでしょう。それぐらい、理念にもとづいて施策や行動について考える必要があると思った。だから全員の認識を合わせるために、掲げる言葉が必要だったのです。

人材は流動的に。ただし、経営層は一枚岩に

ー日本フェンシング協会で働く人は、兼業・副業の方も多いと伺っていましたが、そのあたりについても具体的にお伺いしたいです。

太田:スポーツ団体で働く人は、これまで友人知人に手伝ってもらうような感覚で人を採用していて、プロフェッショナルの方はほとんどいないことが多かったんです。それはフェンシングに限らず、どの団体も同じだったと思います。

ーそうなんですね。必要な能力やポジションに合わせての採用ではない。

太田:まず、継続的に人を雇用するほど予算もないですし、スキルやポジションに応じて人を採用する重要性もあまり認識していない団体は多かったのではないでしょうか。ですが、フェンシング協会は先ほどの理念やミッションを実現するために、まずはそれを担う「人」が大事だと考えて、兼業・副業の方を中心にはなりますが、ビズリーチを活用してプロフェッショナルの方の採用を2019年から開始しました。2021年に入ってからは、はじめて専任の人材も採用しました。

ー専門職で兼業・副業の方、ジェネラリストで専任の方など、さまざまな方がいらっしゃるんですね。働き方が多様だからこそ、マネジメントの難しさなどはありませんでしたか?

太田:そうですね。たとえば、兼業や副業と専任では事業や組織との関わり方が違うので考え方や感覚もやはり異なります。あるいはビジネスの知見に強みを持つ人と、スポーツの世界に長くいた人でも同じです。そういった部分で、意見の交わらない部分はどうしてもあります。

ー意見の対立はどうしても生まれてしまうものなんですね。

太田:みんな違う人間なので、それはあります。私もフェンシング協会以外の活動もさまざま行っているので、ある意味、兼業ですしね。双方をつなぐ役割の人を配置するのも、1つの手だと私は考えています。専任の人と兼業・副業の人をつなぐ。ジェネラリストとスペシャリストをつなぐ。ハブになって組織運営を行うことができるようなスペシャリストを採用するのもいいのかもしれませんね。

ーハブになる人を採用する、というやり方があるんですね。

太田:ただし、組織にさまざまな人がいるのはいいことですが、企業で言う「経営層」に当たる層がばらばらではいけません。そこは一枚岩として、存在するべきです。フェンシング協会でいうと、会長、専務理事、事務局長、強化本部長の4人ですね。この4人のなかでは上下はなく、役割が違うと思っていただくのがいいと思います。この4人で密にコミュニケーションを取り、連絡、意見の交換などはなるべく早く行うように心がけています。

ー4人の役割はまったく異なるとのことでしたが、太田さんが務める「会長」とは、どのような役割だと、考えていますか?

太田:会長はやはり、もっとも組織のビジョンを語れる存在でいるべきだと思います。強いメッセージを発する人ですね。もちろん、外へのメッセージだけでなく内部に向けたメッセージの発信やコミュニケーションも大切です。全員がお互いの特徴や強みを理解し合い、尊重しあえるチームをつくっていかなければなりませんよね。

ロイヤリティは、コミュニティの価値から生まれる

ー兼業・副業の方を積極的に採用すると、スキルとコストのバランスという点ではメリットがありそうですが、組織へのロイヤリティといった点では、難しい部分もありそうだなと思いました。

太田:そうですね。一般的な企業だと、従業員と企業の利害関係が一致しています。従業員が頑張れば、企業の業績が上がり、その分従業員に目に見える形で利益も生まれる。「企業のために」と頑張る理由があるのです。しかしスポーツ団体は必ずしもそうではありません。選手が勝っても負けても、働く人の給与は変わりませんから。その上、組織で働く人は副業・兼業で業務に就いている人も多く、他の仕事もあるなかで、なかなかフェンシング協会に強い愛着を持ってモチベーション高く働いている人も多くはありませんでした。

ーロイヤリティを高めるために、どのようなことが重要でしたか?

太田:フェンシング協会との関わりそのものに、価値を感じてもらうことが重要でした。最初は、私自身の存在が価値でした。新しいことを積極的にやろうとしている新会長と、一緒に何かできたら面白そうだぞ、と思ってもらう。そこから次は少し広げて、フェンシング協会として何か行うことに価値を感じてもらえるように。新しいチャレンジができそうだと期待してもらうこと、何か学びが得られそうだと思ってもらうこと。フェンシング協会と、その周りにいるパートナーたちと関われる、コミュニティ自体の価値を高められるよう努めました。

ーそうすると、太田さんやフェンシング協会の知名度をうまく利用したい、なんて人も出てきてしまいませんか?

太田:私はね、そういう下心も大歓迎なんです。だって、その人個人の目的がなんであれ、協会として実現したい理念やミッションに向けて一緒に頑張ってくれるのであれば同じです。 Win-Winになれそうだなと。むしろ期待しています。採用を行うにあたっては兼業や副業かどうか、フェンシングのことを知っているかどうかにあまりとらわれず、いろいろな人材にお会いするようにしています。

ーなるほど。想いや下心よりも、理念やミッション実現に向けて何をするかで評価する。

太田:もちろん、何でもありというわけではありません。そのあたりをきちんと評価できるよう、人事評価制度もつくっています。仕組みは仕組み。誰が見ても不当だと思わないよう、なるべく人の主観が排除され、評価されることが組織には大事だと考えるからです。

ー評価の際に人の主観がなるべく排除されるべきだと考えるのはなぜですか?

太田:主観が入ってくると、納得感が薄れるからですね。スポーツの世界でも、それは起こります。例として、オリンピックの代表選考のことを考えてみてください。大会での順位やタイムでオリンピックの代表が決まるのであれば、誰から見ても納得感がありますよね。一方、選考委員会や監督が代表を選ぶ競技は、やはりその選考に納得できない人も生んでしまう。それは、選手からしても、その競技を見ている人からしても、組織や競技への不満につながるのではないでしょうか。

ーなるほど。誰が見ても、納得できる、というのは大事なのですね。

太田:そういったわかりやすく納得感があるものの方が、人々は興味を持つし、熱中すると思います。「この試合の勝敗でオリンピック代表が決まる」とうたわれる試合って、観たくなりませんか?それくらい、わかりやすさと納得感のある、評価基準は大切。だから、私は人事評価も同じくあるべきだと考えます。

人を育て、属人的にならない組織へ

ー今後、取り組んでいこうとしている課題はありますか?

太田:次の代のフェンシング協会をつくっていくことを意識したいと考えています。今は私が会長として動いていますが、正直なところかなり属人的な部分もありますし、会長の業務の幅が非常に広い。ここに関して、役割・権限を委譲したり、人を育てるなどの施策を行っていきたいです。

ーどのような組織にとっても人材の育成は常に課題ですね。

太田:人を育てることでいえば、選手のキャリア教育についても考えていきたいですね。選手生活を引退した後どうしていくのか、考えられていない人も多いです。どうしても目の前の競技や試合に意識が行ってしまうのも、気持ちとしてはわかるんですけどね。ちょっと未来を考えたり、選択肢を選べる状態にしておいたり。その準備を少し、協会としてお手伝いできたらいいのかな、なんてことも思っています。

まとめ

スポーツとビジネス。一見、対極にありそうな2つですが、太田さんはフェンシング協会の組織運営において、ビジネスの知見を多分に活かしていることがわかりました。人材の採用や、さまざまな人のいる組織におけるロイヤリティの高め方など、多くの人にとって参考になる情報が詰まっていたのではないでしょうか。スポーツ団体でも企業でも、組織運営において大切な根幹は共通していることがわかるインタビューでした。

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