人事データ活用に向けて知っておきたいポイント

ピープルアナリティクスや人事データの活用といった言葉が、昨今では頻繁に聞かれるようになりました。自社でも積極的に取り組みたいと考える人事の方も、多いのではないでしょうか。

今回の記事で考えてみたいのは、その「データ活用」は何のためのものなのか、というテーマです。

ただなんとなくデータを集めるだけで終わっていたり、紙からエクセルにデータを移して満足していたりしていては、もったいない。データを集めたその先にはどのような未来があるのか、ぜひ意識してほしいと思います。そうすることできっと、より適切なデータの集め方や管理の仕方も見えてくるでしょう。

記事の前半では、人事データ活用の目的や人事データの活用により可能になることについてあらためて考えてみます。後半では、実際にデータ活用を行っている企業の事例をご紹介しながら、データ活用を行うことで可能になる未来を一緒に見ていきましょう。

※企業事例の紹介については、2021年7月6日に行われた「Digital HR Competition 戦略人事×データサイエンティストの越境ダイアログ」イベント(ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会主催)の内容を編集して掲載します。

1.まずは人事データの管理から。未来の活用に向けて行っておきたいこと

1章では、人事データを集めたり整理したりすることで、どのようなメリットがあり、どのような未来を期待できるのかについて、見ていきます。

1−1 人事データ管理の一元化

まずは単純に、人事で取り扱う情報をデータ化することで、社内に点在する人事情報の管理を一元化することができます。情報ごとに、紙に記入されていたりエクセルに入力されていたり、あるいは社内で行ったサーベイの結果がそのまま残されていたり。誰のどの情報がどこにあるのか、まったくわからない状態になってはいませんか?

従業員一人ひとりに紐づく情報は、様々なものがあります。

たとえば入社年度や異動履歴、保有している資格やスキル、研修の受講履歴など、それから今後やりたい仕事の内容や得意なこと、過去に携わったプロジェクト履歴などもあるでしょう。人事データを活用するためには、そういった多くの情報をバラバラに保有するのではなく、従業員一人ひとりと情報が紐づくように管理されていること。そして、必要なデータを必要なときに適切に取り出せるようにするようにする必要があります。

最初は時間のかかる作業になりますが、データを整理することで適切なデータ管理が可能になります。

1−2 従業員一人ひとりの「見える化」

1−1で示したように人事データが整理できれば、従業員一人ひとりのことがよく見えるようになります。

人事がどれだけ従業員のことをよく知ろうとしても、そこには限界があります。直接話したことのある従業員には限りがありますし、それぞれ深く知るのは非常に困難です。その上、人事の感覚でその人の能力や適性が判断されてしまうなど、属人的な判断を生むリスクもあります。

人事の頭の中だけに従業員の情報を置くのではなく、誰でも見ることができるデータとして管理する。そうすることで、必要なときに必要なデータを参照すれば誰でもその従業員のことがわかる。「次のプロジェクトにはこのようなスキルを持った人が必要なんだけど……」というときに、人事の感覚ではなく実際にそのスキルを持つ人材をリストアップして、適切な人材にお願いすることが可能になります。

1−3 従業員の活躍推進・離職防止へ

1−2で示したように、従業員一人ひとりの情報が見える化・可視化されると、今度はどのようなことが期待できるでしょうか。それは、従業員の活躍推進と離職防止です。

それまでは勘と経験で行われていた異動や抜擢が、適切な情報をもとに行えるようになる。「次のプロジェクトには、このスキルと、このような経験がある人にお願いしたい……」と探せば、収集した人事データにもとづいて適切な人材を探すことが可能となります。

これは、仕事と人材とのミスマッチを減らすことへつながるでしょう。「自分の強みが活かせない仕事の担当となってしまった」「やりたい仕事と違う」となることが減り、「やりたい仕事につながる部署へ異動になった」「自分のスキルが活かせるプロジェクトに参加することができた」と従業員のモチベーションアップにつながります。適材適所が叶うため、結果的に従業員の活躍が実現され、ミスマッチによる離職の防止にもなると言えるでしょう。

2.人事データを集める際に意識するポイント

1章では人事データを集めて整理することのメリットについてご紹介しました。データの収集方法や管理方法は様々にありますが、どのやり方であっても共通して注意したポイントがあります。2章では、そのポイントについて見ていきましょう。

2−1 データを集める目的を従業員に丁寧に伝える

大前提として、データ収集の目的を社内で広報し、共有すること。なぜなら、目的が伝わっていなければ、正しいデータは集まらないからです。

従業員の気持ちを想像してみましょう。通常業務だけでも忙しいのに、何のためなのかわからない情報入力やアンケートの依頼がたくさん来たとしたら。「あまり頭も使いたくないし、適当にやってしまおう」と考えてしまうのではないでしょうか。

適当に回答されたデータは、正しいデータとは言えません。このような状態では、データを集めても意味が薄くなってしまうのです。

データの入力やアンケートの回答によって、どのように組織がよくなるのか、あるいは一人ひとりの日々の仕事にどのような影響があるのか。経営層やマネージャー層はもちろん、現場にも納得してもらえるように丁寧なコミュニケーションが必要です。

2−2 従業員との信頼関係を築く

目的を知ってもらうことと同時に、従業員との信頼関係を構築することも大切です。

こちらも従業員の気持ちを想像してみると、わかりやすいでしょう。たとえばアンケートの結果が何に使われるかわからないし、人事も知らない人ばかり。そのような状況では「アンケートに上司への不満を書いたら、本人に伝えられてしまうかもしれない」と危惧されてしまうかもしれません。そうすると、本来解決すべき組織の課題は見えないままになってしまいます。

現状を正しく知るためには、従業員にできる限り事実を隠したりごまかしたりせずに提示してもらうことも必要です。日頃から人事になら正直な意見を伝えても大丈夫、と思ってもらえる関係を築いておくことで、精度の高いデータが集まってくることになります。

2−3 データの開示範囲を決めておく

収集したデータの開示は、誰でもいつでも見られる状態にしておく必要はありません。個人情報も含まれるため、管理についてはあらかじめ取り決めをしておきましょう。

データを直接参照できるのは人事担当者だけにして、現場からの要望があれば必要なデータを提供するというやり方もあります。あるいは、人事と現場のマネージャー層は閲覧できる、など範囲を決めることもあるでしょう。

どこまで、誰が、というのは組織によって異なりますが、ルールを決めておくことはひとつの重要なポイントです。

人事データの管理から活用まで、メリットや注意すべき点について見てきました。2章からは、実際に企業の事例を少しご紹介します。どのような活用が可能となっているか、どのような運用を行っているのか。少し先の未来の姿として、想像しながら読んでみてください。

3.三菱ケミカルに学ぶ、大企業の人事データ活用

ここからは実際のデータ活用事例についてご紹介します。

大村 大輔 氏

三菱ケミカル株式会社
総務人事本部 人材戦略部

三菱ケミカル_大村氏

まずは三菱ケミカル株式会社の取り組みについて。約42,000人(※連結従業員数)にも及ぶ従業員の人事データをどのように管理しているのか。その困難や工夫について、見ていきましょう。

三菱ケミカルでは2019年頃から人事データ活用への動きを本格化させました。

長期的には「データドリブンな人事」を目指し、それまでの道のりを5つのフェーズにわけて、各フェーズでのやるべきことが詳細に決められています。

三菱ケミカル様における人事データ活用の事例
三菱ケミカル様における人事データ活用の事例

上記の図を見ると、三菱ケミカルでもやはりデータ収集を行うための環境整備やデータ収集にはある程度の時間をかけていることがわかります。2019年の取り組み開始から、約2年をかけてデータの分析ができるようになっています。

入社後のオンボーディングや従業員のエンゲージメント向上、適切な人材配置など、人事データの活用によって可能となることは様々ありますが、三菱ケミカルでも最初からすべてが実現できたわけではもちろんありません。できるところから、優先度の高いところから。人事のスペシャリストとデータのスペシャリストが協力をして体制を整えてきたといいます。

とくに力を入れたものとしては、2019年にリテンション分析を、2020年にはテレワークの開始に伴う生産性・健康への影響調査を実施しています。ただアンケートをとるだけではなく、アンケートを分析することでリテンションに関しては定着阻害要因、テレワークに関しては生産性・健康への影響因子など、仮説だてを行いながら、要因分析を行い、次にとるべきアクションへつなげました。

3−1 数万人規模の企業におけるデータ活用を浸透させる

三菱ケミカルが人事データを一元化して管理する取り組みを行いはじめたのは、従業員数が多いことに加え、3社合併の経験や世界中へ拠点が広がっていることなどから、組織や場所を横断して人材を共通して把握する必要があったからでした。

そのなかで、人事データ管理・活用に関して、社内の理解を得る困難もありました。そもそも人材データの活用がなぜ必要なのか、現場の理解を得ることが難しかったり。事業部間の連携が難しかったり。

その中で強調されていたのは、経営や現場との丁寧なコミュニケーションをとることの重要性です。データを活用してどのような課題を解決しようとしているのかを経営層に理解してもらうこと。データの活用にどのような目的があるのかを現場へ説明すること。人事データ活用の重要性を理解してもらうフェーズでは、できる限り難しい専門用語は使わず分かりやすい言葉やイメージ図で丁寧に一つひとつ説明していくことが求められたといいます。人事データ活用といっても、人と人とのコミュニケーションが前提にあることは、意識したい点です。

データをもとに何か具体的な施策や改善が行われれば、より具体的に社内にも「なるほどこういうことが可能になるのか」と認知もされ始めます。事前の周知とともに、結果を示しながら点を線にしていくことも必要だといえそうです。

3−2 データの開示範囲について

数万人単位の従業員データがあるとなると、どの情報をどこまで開示するかといった問題も出てくるでしょう。たとえば、役員の給与情報を全従業員が見られる必要はないし、逆に全てのデータに関してごく限られた人しか参照できないとなるとデータ活用の幅が狭まってしまいます。

三菱ケミカルの場合は、何をどこまでだれに開示するか、あらかじめルールを設けており、そのルールに則り各所管部署が責任をもって管理していました。人事データに関しては、基本的には人事の各所管部署が管理し、「目的に合わせて」使用することにしていました。社内のプロジェクトや部署から、「こういう目的のためにこういったデータがほしい」と依頼があればそれに応じて、ルールの範囲内で必要なデータを加工・集計し活用していたといいます。

ときに「それは○○の部署を通してもらわないとデータを開示できません」とセクショナリズムになってしまうこともあったようですが、人事データには個人情報も含まれるため、目的に応じて厳格な運用を行っていました。

4.Visionalグループに学ぶ、成長企業のデータ活用

続いてご紹介するのは、Visionalグループにおけるデータ活用の事例です。

友部 博教

株式会社ビズリーチ
HRMOS WorkTech 研究所所長
兼 人事本部タレントマネジメント室
ピープルアナリティクスグループ
マネージャー

株式会社ビズリーチ_友部

小上馬 麻衣

株式会社ビズリーチ
人事本部
タレントマネジメント室 室長
HRMOS WorkTech研究所 研究員

株式会社ビズリーチ_小上馬

Visionalグループは、急成長中の企業。組織改編が頻繁に起こることや会社が急成長するなかでの変化に対応するために、三菱ケミカルとは対象的なデータ活用における困難が見られました。

4−1 社内の理解促進について

Visionalグループについてとくに取り上げたいのは、社内におけるデータ活用に関する理解促進です。

成長企業で中途入社の方も多く、バックグラウンドも様々。現場では「人事データの活用」に関するリテラシーも様々でした。

そこで必要だったのは、まず現場のデータ活用リテラシーを知り、それに合わせて基礎理解づくりを進めることです。何のためにデータを集めるのか、人事データが集まるとどのようなことが可能になるのか、まずは興味を持ってもらう。社内勉強会なども開催し、広報を行いました。

あるいは、現場からのフィードバックを大切にすることも忘れずに。たとえばアンケート実施の際に、現場でのオペレーション等でやりにくいことやわかりにくいことがあれば、次は改善。ただデータを集めるのではなく、内容を丁寧に伝え、収集の仕方を工夫していくことで、質の高いデータが集まることにつながります。

  • 現場のデータ活用リテラシーを知る
  • 「なんのためにデータが必要なのか」を示す。目的が明確なほど共感を得られやすい
  • 人事データに関する基礎理解をつくる

5.まとめ

三菱ケミカルやVisionalグループの事例を見ると、データ活用に向けたステップが具体的にイメージできる一方で、「データ収集をイチから始めるのは大変そうだなぁ」と感じられてしまった方もいらっしゃるかもしれません。ですが、突然難しい統計や機械学習を理解しなければ…と思う必要は必ずしもないのです。

まずはデータを収集してみよう。その姿勢で十分です。データを集める過程で、新たな発見があることがあります。

たとえば、退職者には何か共通点があるかもしれません。コロナ禍で入社した人にはこれまでと異なる対応が必要であることがわかるかもしれません。課題やその要因をデータから読み取り、課題解決に繋げられないかと期待をしてみましょう。その中で、「よりよい組織をつくるには」といった視点も生まれてくるはずです。

その先で、データを基に、いま実施すべきアクションと長期的な組織改善の両方を意識できるように。人事データ活用がより盛んになる未来をみなさんと一緒に描いていければと思います。