【グロービス経営大学院/田久保教授】長寿企業に学ぶタレントマネジメント-前編-

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日本には、世界の企業と比較しても、長寿企業が数多くあると言われています。100年、200年続く企業には、どんな特長があるのでしょうか。そこには、これから歴史を深めていく企業が学ぶべきポイントがあるはずです。グロービス経営大学院経営研究科で研究科長を務める田久保善彦さんにお話を伺います。

田久保善彦氏

グロービス経営大学院
経営研究科 研究科長

グロービス経営大学院経営研究科研究科長。学校法人グロービス経営大学院常務理事。株式会社三菱総合研究所を経て現職。グロービス経営大学院では、リーダーシップ系科目にて教鞭を執る。著書に、『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)『日本型「無私」の経営力』(光文社)など。

日本に長寿企業が育った、2つの背景

―早速ですが今日のメインテーマである、日本に長寿企業が多い理由についてお伺いできればと思います。

田久保:長寿企業研究はたくさんありますが、大きく分けると歴史的背景と文化的背景、この2つを議論しています。

―歴史的背景と、文化的背景、ですか。

田久保:歴史的背景でいえば、日本が安定した場所であったことが挙げられます。ヨーロッパや日本以外のアジア諸国の歴史をみてみると、戦争の影響で国内が焼け野原となった経験が頻繁にあります。何十年も続く戦争も、幾度もありました。そのような状況で事業を続けていくことは、物理的にも難しいですよね。一方で日本は、日本全体が戦場となった経験は第二次世界大戦以外ありません。ある程度安定して事業を続けられる環境であったと言えるでしょう。

―文化的背景についてはどうでしょうか?

田久保:これは儒教の考え方にも影響されているのでしょうが、日本では長く続いているものを良きものとする価値観があります。年配の方を敬い、古くからある文化を大切に思う。そもそも長く続いてきた企業や事業に対して、自分たちも次につないでいかなければ、と日本では考える傾向が強いと思います。

―物理的に事業が継続しやすい環境にあったという歴史的背景と、これまで続いてきたものを大切にしようとする文化的背景、の2つですね。

田久保:そうですね。特に、長いものを大切にする文化の影響は大きいと思いますよ。

―どういうことでしょう?

田久保:長く続く企業の経営者が揃って口にすることがあります。「自分の代で潰すわけにはいかない」と。続いてきたものだから、これからも続けなければならないと思うのでしょうね。そうなると、事業を続けることそのものが大目的のひとつになってきます。続けるためには何でもやる、というスタンスになるのです。どういうことかというと、自分たちの強みを見極めるのにお金も時間も十分にかける。あるいは、世の中のニーズに合わせ変化する必要があると思えば、躊躇なく変わるということです。

―なるほど。企業や事業の継続のために挑戦を続け、変化に適応してきたのが、長寿企業なのですね。

田久保:長寿企業が、新規事業やダイバーシティの推進にも積極的なのは意外に思うかもしれませんが、必要なことは何でもやろうという姿勢の表れです。長寿企業に対してコンサバティブなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実は真逆の側面もあると言えます。

長寿企業に共通する、「身の丈経営」とは

―長寿企業にある共通点とはどんなことでしょうか。

田久保:長寿企業の共通点は、「身の丈経営」を行っていることだと思います。無理をしないということです。

―「身の丈経営」とは“ほどほど”に、ということでしょうか。

田久保:「身の丈経営」とは、頑張らないという意味ではなく、自分たちの強みに合ったビジネスのあり方をきちんと見極めて、そこでしっかり経営をしているという意味です。どこに事業のコアコンピタンスがあるのか、長寿企業はこの点をよくわかっています。

―具体的にお伺いしたいです。

田久保:有名な事例を挙げれば、コダックと富士フイルムの比較がわかりやすいでしょう。フィルムカメラの需要が減っていくなか、両社のとった戦略はまったく別物でした。コダックは、自分たちのコアコンピタンスを「フィルム製造技術」においた。だから2000年代以降のフィルム市場の急激な衰退にともない、2012年に一度会社が倒産しています。一方で富士フイルムはどうだったか。彼らは事業のコアコンピタンスを「ファインケミカル」だとしました。だからフィルムカメラが衰退したとしても、フィルム製造で鍛えたさまざまな技術を転用することで化粧品や医薬品事業に進出することができたのです。

▲『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』から引用

―自分たちは、フィルム屋なのか、ファインケミカル屋なのか。自社のコアコンピタンスの見極めが両社の明暗を分けたのですね。

田久保:その通りです。愛知県に本社を置く岡谷鋼機という企業をご存知でしょうか。鉄鋼や産業機械を扱う企業なのですが、インテルのマイクロチップを最初に日本へ持ってきた企業です。

―鉄鋼や機械を扱う企業が、マイクロチップですか。意外に思えますね。

田久保:岡谷鋼機は自分たちのことを、「鉄鋼や機械を扱う商社」だとは思っていません。「いい関係性をつくりだす、関係性のすり合わせをするのが仕事」だと掲げ、それが自分たちのコアコンピタンスであることを知っている。つまり、マイクロチップは鉄鋼や機械じゃないから扱わない、なんてことは言わない。どこかの企業とどこかの技術をつないで、いい関係性をつくりだす。結果的にそれがマイクロチップだったのです。そういった意外な分野へ進出している長寿企業は多い。

―おもしろいですね。

田久保:事例はまだありますよ。月桂冠という日本酒の会社がありますが、月桂冠のコアコンピタンスは、「伝統的な日本酒をつくること」ではなく、「経験を科学する力」です。職人が熟練した感覚だけでつくる日本酒ではなく、徹底して日本酒を科学的に分析し、季節や場所に左右されにくい日本酒の製法を確立しました。最近では糖質ゼロの日本酒なども販売しています。伝統的な日本酒だけにこだわっていたら、糖質を抜くという発想はきっと出てこなかったと思います。しかし彼らがこだわっているのは「経験を科学する力」。だから、日本酒のあり方そのものを問うような新製品にもチャレンジできるのではないでしょうか。

―異分野事業であっても、コアコンピタンスをぶれさせないのが重要なんですね。

田久保:そうです。自分たちの強みは何か。コアコンピタンスを見失えば、コダックのように、事業が傾くことへもつながりかねないのです。

人は、ひとつ上の階層に「似る」。三角形の相似形の法則

―経営者あるいは経営層が、企業のコアコンピタンスを適切に見極められたとして、それをどのように事業に活かしていくのがいいのでしょうか。「私たちはファインケミカルの会社だ」「私たちはいい関係性をつくりだすのが仕事だ」と言語化したとしても、簡単には事業につながらないように思います。     

田久保:まずやるべきことはコアコンピタンスを言語化し社内に浸透させることです。そして、それ以上に重要なのは実践・実行。社内の共通言語をつくるだけでは不十分です。

―言っていることと、やっていることが、食いちがっていてはいけないと。

田久保:はい。大切なのは一貫していることです。たとえば採用の入社説明会で「弊社はアイデアを持って自らチャレンジする人を応援します」と言っていたのに、入社したらトップダウンな経営がなされている企業だったらどうですか? モチベーションは下がりますよね。

―入社前後のギャップから離職を考える人が多いというのはよく聞く話です。

田久保:トップダウンだからダメだという話をしているわけではありません。説明会で「弊社はトップダウンの体制を活かし、スピード感を大切にして目標を達成する」と言われていたら、入社後にギャップはないのです。そういった風土を好む人が、集まってくるわけですから。

―では、全従業員が自社のコアコンピタンスをよく知り、それをビジネスに紐づけることを強く意識しなければなりませんね。

田久保:そうですね。言っていることとやっていることの一貫性を最も求められるのは経営者・企業のトップです。

―なぜですか?

田久保:組織の中で、人はすぐ上の人に「似る」からです。例えば、新入社員は隣の席の先輩と考え方が似るし、その先輩はチームリーダーの考え方に影響を受けるでしょう。チームリーダーは課長、課長は部長に似ていきます。それを突き詰めると、どこに行き着くか。経営者です。つまり、経営者の考え方や行動に、企業全体が影響を受けるのです。だからこそ、トップが自ら一貫性を意識した言動を見せていかなければならない。私はこれを、三角形の相似形の法則と呼んでいます。

―まずは、トップが自分たちのコアコンピタンスを見極め、それを言語化、実践していくことが必要だと。

田久保:その通りです。「うちの社員は学ぶ姿勢がない」とボヤいている経営者がしばしばいますが、それは自分が学ぶ姿を従業員に見せていないことの結果だと思います。

―トップが姿勢を変えることで、経営層、部長、と順に変わっていくのですね。

田久保:はい。先ほど、コアコンピタンスを明確にすることが経営においては大切だといいましたが、イノベーションを起こすのは経営者だけではできません。事業を行っているのは、従業員一人ひとり。その一人ひとりに、一貫性を浸透させていくのが大切です。

まとめ

日本に長寿企業が多いのは、歴史的・文化的背景に加えて、自らのコアコンピタンスを見極め「身の丈経営」を行ってきたことが理由でした。なにより重要なのは、ただコアコンピタンスを言語化するだけでなく、経営者を筆頭にそれを活かしてビジネスをつくりあげていくこと。その結果、イノベーションの生まれる組織文化が醸成されると言えそうです。

後編では、企業における人材育成や配置について。長寿企業の実践してきた考え方と、これから可能になるであろうテクノロジーの活用、ふたつの軸からタレントマネジメントについて考えていきます。

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【グロービス経営大学院 /田久保教授】長寿企業に学ぶタレントマネジメント-後編-

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