【グロービス経営大学院/田久保教授】長寿企業に学ぶタレントマネジメント-後編-

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日本の長寿企業にある共通点と、そこから企業が学ぶべきことを、グロービス経営大学院経営研究科で研究科長を務める田久保善彦さんへ伺った記事の後編。後編では、企業の価値観や文化にスポットを当てていきます。田久保さんが強調するのは、個人の活躍には価値観や文化のマッチングが不可欠だということ。価値観や文化のマッチングがどのような効果を生み出すのか、企業のタレントマネジメントについて詳しく掘り下げます。

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【グロービス経営大学院 /田久保教授】長寿企業に学ぶタレントマネジメント-前編-

田久保善彦氏

グロービス経営大学院
経営研究科 研究科長

グロービス経営大学院経営研究科研究科長。学校法人グロービス経営大学院常務理事。株式会社三菱総合研究所を経て現職。グロービス経営大学院では、リーダーシップ系科目にて教鞭を執る。著書に、『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)『日本型「無私」の経営力』(光文社)など。

根強い文化を持つ企業は、入社時点でフィルタリングに成功している

―長寿企業についてのお話の中で、自分たちのコアコンピタンスは何か。言語化するだけではなく、ビジネスに活かすために経営者自らが率先垂範しなければならないということを前編で伺いました。日本の長寿企業について、その他にも特筆すべき特徴があれば教えてください。 

田久保:そうですね。日本の長寿企業には、企業文化の側面でも個性が強く表れると思います。

― どのような事例がありますか?

田久保:たとえば、とある創業300年の鋳物製造企業では、新入社員は入社後2年間、全員が必ず工場勤務になります。営業職志望でも、経理も、マーケティングも、全員です。そこで、徹底して鋳物を好きになってもらうそうです。また、竹中工務店には新人寮があり、入社後1年間は、必ず入寮するのだとか。そこで、社員同士の仲間意識を育てる目的があるそうです。

―なるほど、徹底していますね。

田久保:こうしたやり方は強制的に見えて嫌う人もいるかもしれませんが、その鋳物の企業も、竹中工務店も、「それが嫌ではない人」を入社の時点で見極めているのです。工場で経験を積むのも、新人寮に入るのも、社員旅行やクラブ活動をみんなで行うのも、採用前にきちんと説明する。入ってから驚くといったギャップは生じないのです。自分たちの文化にマッチする人を最初からフィルタリングしています。

―ある種「強烈」なフィルタリングをすることで、その企業の「文化」を生み出しているということですか。

田久保:そうですね。さらに、企業の文化に馴染む人を採用することで離職者を減らし、丁寧に育てる方が効率がよいという利点もあります。

独創的でオリジナルな働き方だけが、個性を活かせるわけではない

―そう考えると、入社前に求職者に対して開示される情報がかなり重要になりそうですね。

田久保:その通りです。入社や配属、配置に際して、価値観や文化のマッチングは非常に重要です。一人ひとりが活躍できる環境をつくるには、精度の高いマッチングがすべてだと言っても過言ではありません。ヤマト運輸と、ある外資系IT企業の比較を例にしてみましょう。ヤマト運輸では、今も徒弟制度で新人教育を行っています。先輩が運転するトラックに一緒に乗って、配達についていき、ひとりの先輩の一挙手一投足を、新人は見て学ぶのです。一方、ある外資系IT企業では、入社初日にはPCとスマートフォンが送られてきて、自宅で業務開始。事前に用意されたプログラムに沿ってeラーニングを行うという話を聞いたことがあります。

―価値観も社員への教育方針もまったく異なりますね。

田久保:どちらが良い、悪い、という話ではありません。どちらの企業文化に合うか、ということです。企業文化に合う人を採用し、育てることが大切なのです。

―そうですね。つい「日本的な」とか「昔から続いている」といった価値観や文化が古くて、良くないように言われがちですが、それが合っている人にとっては、良いことなのですよね。

田久保:また、個性を活かすために、オリジナルな働き方ができる制度を入れるべきというような話もありますが、新しいものや流行のものを何でも取り入れればいいというのは本質的ではありません。すべては、企業の価値観と、個人の価値観のマッチングです。その点では長寿企業はマッチングが相対的にやりやすいと思います。家族経営で事業を継続している場合が多いので、企業の価値観や文化は突然大きく変わることがない。入社者にとっても、地元のよく知っている企業や、親戚が働いている企業だったりするので、入社後のイメージが湧きやすいのです。

長寿企業の人事も、DXの時代へ

―採用時に「企業の価値観に合うかどうか」を見極めることが大切だとわかりました。マッチングの精度を高めていくために、企業は採用、育成、あるいは人事異動などにおいてどのようなことを意識するべきでしょうか。

田久保:能力については、アウトプットしてきたものや実績から把握しやすいですね。しかし価値観は企業側から意図して確認するように努めないと見えてきません。また価値観は、その人が生きてきた時間すべてで積み重ねてきたもの。簡単に変わることはありません。自社の文化に合うか、どのような価値観を持つ人がいる場所に配属するか、を考えることが大切です。

―そのために、企業が従業員の採用で工夫できることはありますか。

田久保:採用や入社後の面談では、価値観を探る問いかけが大切ですね。意気込みや想いの丈を語ってもらう際はいくらでもつくり話ができますが、価値観については嘘をつきにくい。たとえば「これまで自分の学びにどのくらいお金を投資してきましたか?」とか「これまでに、どのようなことに時間を投じてきましたか?」、「自由に使える時間があるときは何をしますか?」といった問いかけが有効です。何に時間とお金を使うかは、その人の価値観が如実に表れる質問だと思います。

―なるほど。そういう方法もあるのですね。

田久保:あくまで一例です。その人が積み重ねてきた価値観はたった数十分の面接・面談で、すべてを把握できるものではありませんから。

―コロナ禍によって採用をすべてオンライン化するなど人事のDXが進んでいます。このような時代において今後企業の人事はどのようなことに注力していくべきでしょうか。

田久保:主に2つあると思います。1つは、企業の価値観や文化をオンライン上のあらゆるタッチポイントで正しく発信し、事前に知ってもらう機会を提供することです。それによって入社以前から求職者のフィルタリングが可能になります。透明性の時代です。あらゆることを、その企業の特徴として隠さず伝えていくべきです。より多くの人に好かれたいと思ったら、そのような特徴を隠したほうが無難に思うかもしれませんが、それは採用後、入社後、後々の企業と従業員、双方の不幸につながるだけです。最初から、包み隠さず伝えること。それが適切なマッチングにつながります。

―もう1つはどんなことですか?

田久保:もう1つは、データの活用です。採用、育成、人事配置、どれにも共通して大切になります。たとえば採用では、面接官の主観的な印象頼りになってしまうこともあるでしょう。それだけだと当然、ファクトとしての情報は少ないですよね。だからこそ、客観的なデータが必要なのです。特に入社後に関しては、企業の努力次第で、さまざまなデータ(業務の実績、評価、周囲の人材との関係性、研修受講状況、資格取得状況など)を取得、蓄積、分析することが可能です。データを用いた「人と仕事」「人と職場」のマッチングが、今後増えていくはずです。人事領域でもDX化が進み、データを活用したタレントマネジメントを行っていく時代が来るのではないでしょうか。

―データを用いて、価値観や文化のマッチングを、というのはかなり新しい提案だと思います。

田久保:近年よく言われる「ダイバーシティ&インクルージョン」も、性別や年齢、国籍のような属性情報だけではなく、多様な働き方や価値観のマッチングから考えるべきだと思います。17時にきっちり帰りたい、仕事とプライベートは明確に切り分けたいという価値観の人もいれば、チームで何かを成し遂げることが好きで、公私にわたって会社の人と過ごしたい人もいます。いろいろな人がいて、それが企業やそのチームに「合うかどうか」にすぎないのです。

―そうですね。現在のダイバーシティ&インクルージョンは、多様な属性の人がいればいいという風潮があるように思います。

田久保:属性情報だけに頼ると、例えば「女性役員を何パーセントにする」といったことが目的になってしまい、企業としてのあるべき姿を見失う可能性もあります。そうではなく自社がどういった会社で、働いている人はどんな価値観を持ち、どんな働き方をしたいと思っているのか。両者を明確にし、マッチングをはかることが大切です。テクノロジーの活用は、マッチングのための手段だと思います。

まとめ

企業や組織の中で個人が本当に活躍するためには、能力のマッチングも然ることながら、企業の価値観や文化とのマッチングが不可欠。そして、マッチングは感覚や印象だけでなくファクトにもとづいて高い精度で行うべきものであることがわかりました。

今後タレントマネジメントもデータ活用が当たり前の時代に。一人ひとりがもっと活躍していくために、企業側も積極的に従業員の多様な働き方や価値観を把握していくことがますます求められていくでしょう。そうすることで、それぞれがより最適な場所に配置され、最適なやり方で育成されることも可能になっていくと言えそうです。

タレントマネジメントについて知りたい方はこちらの記事も参考にしてください。
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